昭和42年10月26日 朝の御理解
昨日、御本部の学院長である、佐藤博敏という先生から、若先生宛てに便りが来ておった。自分の学院時代に、お世話になった先生なんです。何回も、教官を勤められ、お道の、金光教の、一番、格式を持たれた家柄の方でもある訳ですね。三代金光様の奥様の弟さんに当たられる。同時に、教祖の神様の、三羽ガラスと言われなさったほどの一人である、佐藤宿老の奥?にも当たられる訳でございます。その、博敏先生から、私も先日、御本部参拝をさせて貰った時に、大変、鄭重な祝福を受けて、まぁ、恐縮しておりましたんですけれども。昨日も、その事の、お祝いを述べられて、何かこの、開教式が、こうして、無事に奉仕されたという事を、お手紙を差し上げておったらしいのですね。その返事が、参っておりました。同時に、ここで、学生会が発行しております新聞の、根賀以という新聞を一分、同封して送っておったらしいですね。それを、読まれての感想が書いてございました。今度の、あそこのところへ、大きく、ここの写真が載って、合楽の曙という、新聞をご覧になっただろうと思う。その下に、一日のお月次祭に併せて、報徳者慰霊祭。あのときの、ここの功労者慰霊祭ですね。それから、開教の運びになったという事の報告祭が、一日にございましたですね。その一日のお祭りの挨拶が、そのまま、新聞に出ておる訳ですね。親先生の御挨拶として、その時のが、そのまま、録音してございまして、そのままが載っております。
そのお便りの最後に、ある人が、言ったという、まぁ、言葉の中にですね。責任を持つという事は、難しい事と、難しい事を選んで行うて行かなければならないといった様な言葉、短い言葉ですけれども。本当にあの、確かにそうだと、こう思うですね。例えば、それは、親の責任。教会長の責任。社長の責任。それぞれの持ち場、それぞれの立場に於いて、責任を感ずる。その、ほんとに、責任を感ずるなら、感ずるほどです。難しい方、難しい方を取って行かなければ、責任を全うする事は出来ないという意味なんですね。同時に、その、願いに行きよります、一番初めの、教会長挨拶というところにです。非常に、感銘深く、味わい深く読ませて貰うたという事が書いてございました。あれを、私、また、改めて読んでみて、どこを、味わい深く読んで下さったんだろうかと、こう、私は思うた。皆さんは、ご覧になったと思うんですけれど。皆さんが、晩に、お聞きになった通りの事が書いてございますでしょうが。そして皆さん、どういう風に、味わって頂いたかと、こう思うのです。異論のある方は、もういっぺん、あれを読んで、そのやはり、一つの、何でも、お話を聞くでも、味わい聞かなければいけない。味あわなければ。読んでも、その、味わいというものを、私は、味あわなければ駄目だとこう思う。その、味わいというものを、どこに、勘違いがあったか分からないにしても。まぁ、これは、私が、感じるところです。最後に結んでありますところの、責任を感ずるという事は、責任を感じたならばです。責任を取るという事は、難しい事、難しい事をなして行かなければいけないという事です。責任を全うする事は出来ないという意味の事を書いておられるところから、考えましてですね。私は、こういう様な表現をしております。
皆さんが、十七年間、祈りに祈り、願いに願ってこられた、ここの教会設立問題、または、皆さんが、切実に、これは、願うてこられた、私の教会長問題、教職の問題。そういう、皆さんの願いと、天地の親神様の願い。ここに、合楽のお広前が出来るという。いや、椛目に、神愛会という、宗教団体が生まれるという。その動機というか、神の願いというか。そういう願いが、段々、成就して参りまして、合楽に移ってくる事になり、そして、合楽教会としての設立の許可をお受けすることが出来るような運びになったという事は、とりも直さず、そのまま、神の願いであった。これは、大坪総一郎の、私の願いではなく、皆さんの願いであり、神の願いであったといった様な表現をしております。そして、まるきり、私は、責任回避しておるように聞こえるですね。私は、ここが、教会になった事が嬉しいとも思わない。教会になった事を、有難いとも、感じたといった様なものには、精進してないのです。皆さんの、願いに願うてこられた、その願いが成就したのだ。または、神様が、切に願うて、願いに願い、願うてやまれなかった、その事が、ここに、こういう形に於いて、成就したのだと。そういう意味合いに於いて、皆さん、おめでとうございますという言葉が、中に書いてありますよね。ですから、大坪総一郎、その人の思いといった様なものが、全然書いてない。ここの辺はですね、私は、おそらくは、博敏先生は、味わい深く読ませて貰うたと言われるのは、そこらへんの事じゃなかろうかと、こう思いました。
私どもが、願う、その願いと、神様の願いとが、一つになる。例えば、皆さんが、病気をしておられると致しましょうか。体の難儀を持っておられると致しましょうか。それは、なるほど、全快のおかげを頂きたい。こういう問題の、解決のおかげを頂きたいと願うておられるんですけれど。そこにはそこに、神の願いがあるのです。これは、私が、二十年前に、本当に、置いたものを取るような、スムーズなおかげを、親先生のお取次を頂いた時代がございました。かと言うたら、今度は、もう、右と願えば左、左と願えば右、もう全然、成就しなかった。成就せんどころか、反対に、難儀な事が、次々と起こってくるといった様な事が、私の身辺に起こり始めた。時に、私は、はじめて、分からせて頂いとった。ただ、どうぞどうぞ、お願いたしますと言うだけの願いの成就によって、神様の働きを知る事は出来たけれど、それは、神様の心を知ったとは言えなかったという事。これは、一人一人の氏子、一人一人の人間の上に、神様の願いがあるに違いはないという事を、私は感じた。天地の親神様がです、私どもの一人一人の上に、願いをかけておられるのですよ。
私は、当時、本当に、もう本当に、立派な商売人になりたいと思うた。もう商売の事なら、こんな小さい時から、もう本当に、商売道一筋に励んで来とりますのですから。もう私は、他に取り柄はないと思った。ここにお参りになっておられます、矢次さんが、一番ご承知。矢次さんも、東あんこ屋さんの番頭さんだった。私は、庄島のあんこ屋の番頭であった。小僧時代から、よう知っております。もう本当に、酒屋になりたいばっかりで、一生懸命の、私は、願いを立てての、その、商売の事なら、そん代わり、一生懸命勉強しました。ですから、他に、私、取り柄が無いから、もう、それを願っておったんです、私は。ところが、その願いが、右と願えば左、左と願えば右というように、全然、成就するどころか、反対の、難儀な事が、次々と起こって来た。その、荷物のようにしておる、酒屋という商売が出来なくなったり。次々と、兄弟の葬式を、三つも続けてしなければならないような難儀が、もう、あれだけ信心しござるとにという中に起きてきた。そこで、私は、親先生に、こういうお取次を願った。親先生、どうぞ、商売が繁盛致しますようにとか、ああこうという、今までは願いをしてきましたけれども、今までの願いは、もうどうぞ、願わんで下さい。そして、どうぞ、私のような者にでも、いわゆる、大坪総一郎に、天地の親神様が、願いをかけておる願いがあるだろうと思います、神様の願いが。その、神様の願いが、どうぞ、私の上に、成就いたしますようにというお取次を願わせて頂いた。初めは親先生、あんた、そげなこつばっかり言うちからと。あんたが、立派な商売人になるようにと思うて、一生懸命、お願いさせて貰いよるとに、あんた、そげなこと言うてからと言うてから、大変、お叱りを頂いた時代がございます。けれども、私は、もう、自分の願いが成就するようにという事は願わなかった。どうぞ、神様の願いが、私にかけられておる願いが、成就いたしますように。さぁそれから、また、様々な問題、様々な難儀が、次から次と起こって来た。
考えてみると、その時分に、神様に掛けられておる願いが、私の上に現れておった状態だったんですね。そして、私のお話を聞いて、人が助かるようになってきた。とてもとても、私は、金光様の先生なんて、夢にも、それこそ、思わなかった事がです。みんなが、私を、助かられた私の話を聞いて助かった人達は、もう、大坪さんとは言わなくなった。大坪先生、大坪先生と言うて、わざわざ、遠方から、椛目の田舎に、尋ねてくるようになった。その時分の人が、今ここに、中村さん達なんかは、その一人であった。もうそれこそ、大木大橋、やけよとままよ、椛目通いは、船でするち言うごたる勢いで、参って見えたですね、当時。朝もなければ夜もない。もうそれこそ、しげしげとお参りをさせて頂かれた。そういう様な事が、段々、成就してきた訳なんですね。そして、いわば、それから、十七年間、今日、このようなことが、もう、それこそ、夢にも思わなかったような事が成就してきた。天地乃親神様の願いというのは、大坪総一郎に掛けられておった願いというのは、そこにあったんだという事なんです。ですから、神様の願いが、私の上に現れておられるのです。私が、どうぞ、教会を建てさせてください。私が、どうぞ、金光様の先生にならせて下さいというて願うたわけじゃないでしょうが。それに、ここに助かられた方達、信者信奉者の、一同の方がです。どうでも、親先生に、いっぺん、装束を着けて頂きたい。先生になって頂きたい。どうでも、ここの初代教会長になって頂くのは、親先生より他にはないという様な、切実なる祈りが、願いが成就したのが、その報告祭が、今月の一日だったという訳なんです。その一日の挨拶の中に、只今、私が申しますようにです。皆さんの願いと、神様の願いが、ここに成就した。そういう意味合いに於いて、皆さん、おめでとうございますという、挨拶の言葉が、そのまま、記事になって出ている訳です。それを、佐藤博敏先生は読まれて、おそらくは、そこのところを、味わい深く、読ませて貰うたというのじゃなかろうかとこう思う。そして、その責任、最後の、その言葉の中に、責任を取るという事は、責任を持つという事は、難しい事、難しい事を、選って行かなければならないと、ある人が言うたという様な言葉が出ております。私は、これは、名文句だと思いますよね。ここで、総代なら総代の御用をさせて貰っておるという事は、総代としての責任がある。合楽の教会に、お引き寄せを頂く、信奉者の一人一人がです。合楽の信者であるという責任を感じなければ駄目だと思う。ただ参っておるだけ、それではいけない。責任においてである。
昨日、善導寺の原さん達が、夫婦で、お礼に出て見えられた。本当に、娘三人達を、次々と、本当に、勿体ないようなところに、このおかげを頂いて、嫁入らかして、そして、最後に、長男の嫁さんを迎えられて。昨日一昨日が、ここで結婚式があった。そのお礼に、二人が出てきておられるのである。本当に、考えて見れば見るほどに、もう本当に、奥さんが、お父さんに話しておられるのです。もう本当に、お父さん、私達に、もし信心が無かったら、今頃、どういう事になっとったであろうかという事である。もう本当に、これあれと、別に、百万長者になった訳でもなからなければ、お店が、大繁盛しておるという風にも見えないのだけれども。それこそ、余らず、余る事もなからなければ、足らん事もないという様なおかげを頂いて。ほんの、去年、一番下の娘さんを嫁にやられたのにかかわらず、もう今年は、長男の嫁を迎えておる。近所の人が言うた。あんたがたには、よっぽど蓄えがあったじゃろうと。いや、決してそうではない。蓄えがあるどころか、いわば、勿体ない、本当に、その日その日の、その日暮らしの中に、余りもしなければ、足りもせんという様な、毎日を暮らせて頂いて。さぁ、ほんなら、ここに大きな金入りがあるといや、また、金入りがあればあるで、おかげを受けてきておるという事。これは、金銭だけの事ではない。家庭の上に於いても、全ての上に於いて、そういうおかげを頂いて来た、この十七年間の事を振り返ってです。改めて、夫婦の方達が、その事のお礼を言うておられます。そして、そこにです。例えば、四人の子供達を、それぞれに、嫁入らせるところは、嫁入らせる。貰うものは貰うてやって、親としての、いわば、責任を全うされた訳なのである。そうでしょうが。親の責任においてです、これはもう、親の責任。それを全うされた。全うされるからには、ほんなら、その両親が、一番、苦労の道を、苦労の道を取ってこられたというのである。一番難儀な道を取ってこられたという事である。十七年間、毎日毎日、お日参りをしたのが、いわば、原さん達夫婦であったという事である。これはもう、本当にそうなんです。子供達がおる時には、子供達もでしたけれども、親子三人でお参りなられますけれどもです。それは、時々、欠ける事があるけれども、心だけは乱された事が無い。十七年間、夫婦の者が、それこそ、手に手を取っての、毎朝の御祈念であり、最近は止めておられますけれども、奥様は、夜の御祈念にも、必ず、参って見えた。親が一番、その責任を感ずれば、感ずるほど、その修業を、自分自身達がしなければおられなかったのである。責任を、私は、社長なら社長の、例えば、不祥事があった時にです。自分が職を止めればいい。自分が辞職願を出せば良い。私が責任を取る。いうなら、私が腹切りゃよかろうもんといった様なことを言いますけれどもです。辞職をする前に、腹を切る前にです。私は、社長は社長としての、それぞれの責任においてです。私は、責任を持つというからにはです、責任を取るというからにはです。苦労の方を、苦労の方を取って行くようなあり方になればです。腹を切る事もなければ、辞職することも要らん様なおかげになってくると、私は信じております。
会計の報告をされる時に、私が挨拶をしても、限りの無い願いである、皆さんの、また切実なる願いである、その願いが成就した。私は、一つも、責任を回避しているようにある。けれども、ほんなら、私に掛けられておる、天地乃親神様の願いというものを、私が感じるようになってからというものはです。その責任において、私は、十七年間、いわば、苦労の方を、苦労の方を取ってくる修行をさせて頂いてきておるという事なんです。神様が、私に願いをかけられた。だから、こちらは、のほほんとして、ただ、棚から牡丹餅が落ちてくるのを持っているといった様なものではなくて。私は、私なりに、十七年間の修行の道を辿らせて頂いたという事である。そこに、例えば、そういう、お広前建立、教会設立、初代教会長としての任命という様な事になってきておるのでございます。皆さんの願いでも、神の願いでもあるのだけれども、皆さんが、願うて下されば、願うて下さるほど。それが、切実であればある程に、私は、責任を感ずる。皆さんが、あれほど、私を信用しておって下さる。神様は、私のような者を、こういう風に、白羽の矢を立てて、私を、期待しておって下さるのであるから、私が、いわば、てれっとしておったんではいけないという、その責任においてです。私が、そこの、いわば、苦労の方、苦労の方を取って来たようにです。おかげを蒙って参りましたのでございます。
ですから、皆さんがです、例えば、家の主人公として、家内としてです。一家の中心としてです。それぞれ、私は、責任を感じなさるならば、感じなさるほどです。尊い、有難い苦労を、私は、求めなければいけないと思う。いよいよの時には、私が、腹切りゃ良かけんでと、といった様な、リアル的な事ではなくてです。例えて言うなら、ここに、総代さんがたがおられます事に於いても、そうなんです。総代としての責任を感じられたら、その、難しい方、難しい方を取って行かなければならんのに、総代であると言うだけで、楽な方を、いわば、顎の先で、人を使うて良かといったような事で、楽な方を、楽な方を取って行くとするならばです。必ず、腹を切らなければならぬということになってくると。いや、そういう人なら、決して、腹も切らんでしょうね。あれが悪かち、あれが、しようの悪かち。あれが、ああだからというて、おそらく、責任を、人に転嫁するでしょうね。腹でも切ろうと言うようなら、まだ良かもん。そういう様な事ではです。願う事が成就して行く筈がない。それぞれの役に於いてです。総代なら、総代としての、その責任においてです。本当に、総代としての、信心修行というものがです。なされてこそ、はじめて、私は、腹切らんで済む、私が辞めりゃかけんでといった様な事じゃなくてです。総代としての、職務を全うする事が出来る。神様も、喜んで頂け、信者一同からも、本当に、家の総代さん達の、おって頂けるおかげでというて、尊敬を集めることも出来るおかげになってくると、こう思う。こりゃ、総代だけの事じゃない。
(途中切れ)